Ninjin Music Blog

オリジナル楽曲の紹介やカバー曲を投稿していきます

「少ないと言うこと多いと言うこと」(タヒル・ハムット・イズギル)


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向こうの山はアララト山とのこと。ノアの方舟(はこぶね)が降り立ったという言い伝えがあります。(*^^*)

 


少ないと言うこと多いと言うこと(ウイグル詩へのメロディー) - YouTube

 

 
「少ないと言うこと多いと言うこと」


君らは知らない

あらゆる恐怖は多いと言うことから来ることを

信じなければ

多い 多い 多いと叫んで見ろ

 

唇が嗄れた(かれた)時に

不吉な予感がする

息が口から勢いよく出た時に

手足が震える

あなた方の声を聞いた誰しもの

顔から血が引く


滅びる寸前の希少動植物

数を数えられない奇怪な虫や爬虫類

夢の中だけに出てくる稀な樹木

伝説の中の値がつけようのないほどの鳥たち

稀に巡り合う色彩のあるメタル

 

彼らに少ないと言うこと多いと言うことの違いが理解できるのか

彼らは希望を持つと言うことよりも悪い病にかかり

見向きもされずに少なくなり絶える


世界が持っているものは複数の語尾である

凄まじい戦争を表すのは多くの点である

あらゆるものに勝つのは増えゆく系統である

しかし知るべき

果てしない海の水は魚を

果てしない荒野は蜥蜴(とかげ)を

厳かな山と峠は刺草(いらくさ)を

七層の空は雀を苦しめる


繰り返す

左の耳と右の耳 よく聞くように

あらゆる苦痛は少ないと言うことに由来する

信じなければ

少ない 少ない 少ないと呟いてみろ


詩:タヒル・ハムット・イズギル 2016年2月 ウルムチ

日本語編訳:ムカイダイス,河合眞(詩集「聖なる儀式」より)

作曲:2023/5/2 historyninjin

 


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詩の意味は判然としません。時間が経てば何か見えてくるかも知れません。作曲は詩を何度も目を通して最後の「繰り返す」以降の部分がまず心にピンとこの詩のテーマだと響き、いきなりその部分から作曲が始まりました。そのいわゆるフィナーレにあたる部分が完成したとき、改めて詩の全体を眺めて、次に冒頭の部分がそれと同じくらい大切なテーマを扱っていると感じ、フィナーレを意識したオープニングのメロディーを探すというふうに作曲が進んでいきました。

 

5月2日が息子の誕生日だったので、その日を記念して作曲できればいいなと思い、生活上のいろんな細々(こまごま)したことをしながら、その間の細(こま)切れの時間を使って作曲を進め、メロディーが完成したのがやっと夜の11時51分でした。

 

「あーあ、遅くなっちゃった。」と独り言。

 

それに普通だったらすぐに録音に取りかかるところですが、詩のテーマが重いというか深刻な暗い世界を扱っていることを感じたので、すぐに心が動かず、また別の日に録音しようということにしました。

 

はじめは息子の誕生日記念に、なんて(軽く)思っていたのですが、ま、記念にはあまり相応しくないなとも感じたので、息子の誕生日記念には、宮沢賢治の「雨にも負けず」をリニューアルしてブログに載せることにしました。

https://historyninjin.hatenablog.com/entry/2023/05/03/091202

 

さて、この「少ないと言うこと多いと言うこと」という詩ですが、2016年2月にウルムチで作られています。作者がアメリカに亡命する直前のように思われます。亡命が失敗したらおそらく「死」が待っていたのではないかと想像してしまいます。

 

いろいろな「少ない」、「多い」という状況を想定するのですが、どうもうまくこれということができる具体的状況が思い浮かびません。

 

その何かが多いと恐怖がもたらされ、その何かが少ないと苦痛をもたらすものとは、一体何なのでしょうか?

幸せとは縁遠い世界の、深刻な事情を包み飲み込んでいるようですね。

 

その何かが少なくて苦痛をもたらすものは、例えばとても平面的な解釈をするならば物質的環境基盤が少ない状況が思い浮かびます。

では多いことにより、人間に恐怖をもたらすものとは?さて、・・・「苦悩」かな?

 

ヒル氏の詩には隠喩が散りばめられていることが多く、多岐な解釈が可能です。が、ウイグル人の背負って立つ歴史的苦痛が、私の目にはいつも映ります。

 

 

東トルキスタンの平和と解放と独立を祈ります。

 

2023/5/5  記  historyninjin


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◆追記

 

何かが「少ない」と言うことを、その何かの「欠落」あるいは「欠如」と捉えるならば、その何かとは「愛」であるかも知れません。愛や思いやりという、人間相互に生きていこうとする意欲を与えるもの、と見ることができるかも知れません。もしそうだとするならば、「多い」ということは一体何でしょうか?

 

その場合、愛で満たされるべき空間が、まるでそうなっていない状況が考えられます。愛でないものとは何でしょうか?もしかしたらそれは「虚無」であるかもしれません。「永遠の孤独」と言い換えてもよいかも知れません。虚無は、憎しみや怨みといった激情的なものよりも、もっとある意味致命的であると言えるかと思います。

 

「虚無」は無でありながら無ではない何か、なのかも知れません。私たちは日常生活の場に身をおいていますが、心のチャンネルを合わせると白日の中でも、人間としてのあり方を問いかける世界に、詩を通して生々しくまたさらりと触れることができると言えるのではないでしょうか。

 

ウイグル詩について縷々考えると、そのような世界が生き生きと目の前に開かれてきます。

皆様の人生に、幸せと生きがいとが寄り添いますように。

 

2023/5/5  historyninjin


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