タヒル・ハムット・イズギル氏の詩「秋」
(作曲者による副題「砂漠を歩き果てた川」)
砂漠を歩き果てた川が
海が広がって近くまで来てくれることを
その場に座して待つことにして
水を広げて小さな流れに分けた
しかし水は遠くに残された雪山を
そこに降る雪と氷を想っていた
水は家に帰りたくなり
戻るつもりでいた
それで滝が現れた
波の毛が逆立った
水を渡る人と水で溺れ死ぬ人が
相半ばした
幾ばくかの土地が魚に変わった
水底に残された石には
想念の葦が生えた
岸にあるポプラの木の顔は悲しみで黄ばんだ
挙句の果てに
耐えられなくなった川が
中の水に言った
お前はなんでこんなにも自分勝手なのか
私が凍えていることを感じないのか
2016年3月 ウルムチ
原詩:タヒル・ハムット・イズギル
日本語編訳:むかいだいす、河合眞
(詩集「聖なる儀式」より)
作曲:historyninjin 2022/6/26
録音:historyninjin 2022/6/29
副題を「耐えられなくなった川」から「砂漠を歩き果てた川」に変更しました。2月に最初の作曲がなされましたが、3ヶ月ほど間をおいて見直したところ、ほぼ全般に渡って見直しが必要だと感じ、もう一度作曲をし直しました。そのようにして2022年6月29日に録音するに至りました。音程や声(発声)に少し不安定な部分が見られますが、詩と曲の持つテーマを表すのには十分に感じられアップすることにしました。
川という全体を意味するもの(本体部分)と水という存在(個別的部分)の投げかける問題提起と葛藤の世界が描き出されていると思われます。具体的に何を示しているかは、さまざまに類推したらよいかとおもいます。
私自身は、人生や社会のあり方に関する価値観の違いによる、ある意味避けられない深刻な戦いと乖離の問題を投げかけているのではないかと捉えております。さて、どうなのか・・・。